Nov 30, 2014

自由をもっと拡大しよう(改)

私は、人間の自由を大切なものだと感じます。
そしてこの自由をさらに拡大して欲しいと思います。

自由とは、束縛や制限から解放された状態です。

人間の自由とは、個人個人の発言や行動の自由のことです。

そこで自由について学ぶために、森村進さんの「自由はどこまで可能か」という新書を読んでみました。

以下は、本から得た知識を整理したものです。

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自由思想の四分類

自由という権利の由来はどこにあるのか、諸説ありますが、とりあえずは、その議論は棚上げにしてよいです。

現実的な自由の運用を考えると、「国家という境界内の社会で認められる自由」とは、「これこれこういう自由があると憲法と法律で認めること」です。

そして、日本国では、個人の自由の権利とその範囲は、憲法と法律で定められています。

リバタリアニズム(自由至上主義、自由尊重主義、自由放任主義)は、「自由をできるだけ公正に拡大することが正義である」とする思想です。リバタリアニズムを表す言葉に、フランス語のレッセフェール(なすに任せよという意味)があります。、日本では、リバタリアニズムは多義的で、無政府主義から、政府の役割を国防と治安維持に絞る夜警国家とする最小政府主義、自由市場の治安維持も認めるとする考え方、政府が最低限の生活保護と年金・健康保険のサービスまでを認めるとするなど(私の立場はここ)、人によって幅広く違いがあります。リバタリアニズムでは、自由を拡大するために政府の課税と規制は少くなり、政府規模が当然小さくなり、国民は自由を謳歌して自由に繁栄して欲しいと願っています。

リバタリアニズムから見れば、現代の日本は個人と個人、企業と個人の関係は、とても自由ですが、政府と個人の関係では、まだまだ自由が制約されています。また、その制約内容に公正さが相当量不足しているともされます。ですから、リバタリアニズムは、より公正で自由が溢れる社会の実現を目指し、憲法と法律の改定を目標とすることになります。

自由には、人格的自由経済的自由があります。

リバタリアニズムは、人格的自由も経済的自由もその両方を尊重する思想であり、右翼でも左翼でもありません。リバタリアニズムを採用した国家がどのような結末を迎えるのか歴史ではまだ証明されていませんが、リバタリアニズムに一番近いと考えられる国家はアメリカ合衆国です。そして、アメリカ合衆国は近代から現代にかけてどの国よりも長い期間で実際に繁栄しています。

自由を少しは尊重する他の思想には、リバタリアニズムの他にリベラリズムと保守主義があります。

リベラリズム(いわゆる左翼)は、人格的自由を尊重しますが、経済的自由を軽視する思想と分類されます。リベラリズムも時代とともに変化してきて、いろいろな分派があります。リベラリズムが経済的自由を軽視するため、日本では、社会主義や共産主義の隠れ蓑としてリベラリズム使われてしまっています。リベラリズムは経済的自由を軽視するため、お金持ちを罰する累進課税を正当化しますし、またお金持ちになろうとして勤勉に働く人を妬み蔑みます。リベラリズムの特徴は、人々の僻み根性で金持ちを叩き、タカリ根性を煽りバラマキ無駄使いをして人気を得ることです。道徳的でなく理性的でもない人間の原始的欲望(嫉妬と物欲)に訴えて仲間を増やそうとしてしまうことです。政策は、自由な経済活動への介入、お金持ちへの処罰、規制強化、重税、人気取りのための財の再分配となります。リベラリズムが行き過ぎると誰も働く気力が湧かず、皆が平等に貧しくなり(=結果の悪平等)、社会が腐敗することは歴史(共産主義国の崩壊)から判明しています。

保守主義(いわゆる右翼)とは、人格的自由を軽視しますが、経済的自由を尊重する思想と分類されます。これは、お金持ちの人が陥りやすい思想です。つまりお金という権力で自分の人格的自由は確保してしまいますが、他人である国民全体の人格的自由には関心が無いという立場です。お金儲けを自由にしたいという経済的自由は、最大限確保しようとしています。保守主義が続くとお金持ちが代々続くことになりますので、政治権力もお金持ちに集中して行きます。保守主義の最大の欠点は、その人の生まれや家柄で財産や運命が決まってしまうことです。保守主義の社会の発展がアメリカ合衆国のような自由の国(誰でもアメリカン・ドリームが叶うチャンスが有る)よりかなり遅れてしまうことも歴史(例えば江戸時代の賄賂の元禄時代)が証明しています。

権威主義(いわゆるポピュリズム=人民主義)は、人格的自由と経済的自由の両方を軽視する思想です。一部の権威ある特権階級(=政治支配層)だけが優遇される思想です。日本では、伝統を尊重する保守主義の仮面をかぶった権威主義者(規制緩和や自由貿易に反対する人々)が沢山います。保守主義者が代々続くと政治権力の集中が起きてしまい、権威主義に体質が変わっていくためです。共産主義全体主義軍国主義は、権威主義の極端なものです。権威主義は短期間に国家の急成長とその後の破滅を招いてしまうことも歴史(ナチスドイツ、大東亜戦争の日本、江戸時代の享保・寛政・天保改革の時代)が証明しています。

新自由主義(ネオリベラル)という言葉は、国際的にはたいへん幅広く捉えられており、リバタリアニズムから、英国の保守主義であるサッチャリズム、さらに米国のネオコンに見られる権威主義により近い立場まであります。このように新自由主義という言葉は、曖昧なのでこの記事では重視しません。


日本では官僚がとても強い権力を持っていると言われているので、私は現代日本は官僚権威主義(=国民一丸を強制する官僚主導型の財政バラマキ主義)と考えています。官僚機構は太平洋戦争時の大政翼賛会に由来する軍国主義=全体主義の政治機構からの伝統で、GHQによる解体を免れ、むしろ積極的に日本の占領統治に利用されたとされる、官僚政治は戦後日本の経済的急成長とバブルの破裂を招きました、その後の25年に渡る国家経済の停滞と原発の爆発事故も産官学の権威主義の失敗の歴史として刻み込まれることになると思われます。

日本の自由民主党は、今では党名とはまったく関係なく、保守主義者と権威主義者の合体した政党になってませんか。保守主義のお金持ちは自分の既得権と人格的自由を政治献金で確保できるから官僚権威主義もまた心地良いのだと推測しています。

日本の民主党も党名とはまったく関係なく、、隠れ社会主義のリベラリズムと官僚権威主義の合体した政党です。だから公務員の労働組合や大企業の労働組合の意向に逆らえず、公務員雇用賃金改革や同一労働同一賃金の徹底、解雇規制の撤廃をできないのだと推測しています。共産主義革命が否定された今日において、リベラリズムの人々に官僚権威主義を覆す力はないことは歴史(細川・羽田・村山内閣と鳩山・菅・野田内閣)が証明しています。彼らはただお金持ちや権力者の悪口を言い続けるしかなく、長年そうしているだけで、仮に政権を奪取しても改革はできませんでした。

日本の裁判所は、リベラリズムの立場であると著者の森村進さんは説明しています。

大多数の日本国民は、公務員でもないしお金持ちでもありませんから、冷静に考えると、リバタリアニズムかリベラリズムになるはずなのです。そして、もし、自分が貧乏なままでいいのならリベラリズムであるはずです。もし、自分がより自由になりもっとお金持ちになりたいなら、経済的自由を尊重するリバタリアニズムになるはずです。ですが、現実は、リバタリアニズムについての教育・知識が欠けていたり、自分の現実の立場を認識できていないためか、リバタリアニズムはまだまだ日本人には知られていません。

YES, NO クイズで自分の立場を選ぶなら、

  1. あなたは、公務員の幹部・官僚ですか YES => 権威主義
  2. あなたは、政府の下請けをする既得権業界の幹部ですか YES => 保守派(右翼)
  3. あなたは、みんな共に貧乏がいいですか YES => リベラリズム(左翼)
  4. あなたは、お金持ちになりたいですか YES => リバタリアニズム
ということです。

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以下、リバタリアニズムの考える自由についてまとめてみます。
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身体の自由

自分の体は自分のものだ。

他人を奴隷にすることはできない。

他人を殺すことはできない。

他人を犯すことはできない。
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財産の自由

自分が労働して得た物は自分の物だ。

他人が私に正当に与えてくれた(購入、贈与、相続)物は私の物だ。

私の物を他人が不正に奪うことはできない。

他人から物を盗み奪うことはできない。

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行動の自由

私は、他人の自由を制限しない限り、何をしてもいい。

私は、国内のどこにでも行ける。

私は、私の住処で暮らすことができる。

他人の行動が自分の自由を制限しない限りとやかく言うことはできない。

集会・結社の自由

国籍離脱の自由

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心の自由

信教、思想、言論、学問の自由

他人の心や言論を制限することはできない。

他人の言論を批評、議論はできる。

勝手に個人のプライバシーを覗くこと(盗聴、盗撮、家宅侵入)はできない。

リバタリアニズムとしては、「他人が知ってしまった私の情報を他人がどうしようと他人の自由」であるという考えになる。

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国家が個人に果たす役割と課税理由

個人の自由の確保=自由社会の秩序の維持

身体の安全保障
財産の保護
行動の自由の確保
心の自由の確保

国家は役割を果たすために、費用がかかるから課税する

課税は個人の自由を制約するので、リバタリアニズムとしては少ない課税額が好ましい。
少ない課税となれば、小さな国家とならざるを得ない。

課税方式の複雑化(免税や軽減税率、累進課税)はリバタリアニズムに反する。

税の目的外の利用もリバタリアニズムとしては好ましくない。


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具体的な国家の施策

リバタリアニズムの各派でもほぼ合意がとれる施策

投票権(国民のみ)と議会
国防(自衛隊、外交)
治安(警察、消防、海上保安)
裁判(争いの調停、犯罪(=暴力・詐欺など)の認定と懲罰)
通貨発行(日本銀行が独占)

リバタリアニズムなら、犯罪を犯した者に捜査・裁判・刑務所の全費用を償わせるべきではないか(受益者負担の原則)

以下の国家施策は、リバタリアニズムでもどこまで政府がやるべきか意見が別れる

食料安全保障(食料自給率と国際紛争の関係)
資源安全保障(エネルギー資源、鉱物資源と国際紛争の関係)

環境・交通(治山治水、道路、港、空港)
保健(上下水道、ごみ処理、健康保健)

学校教育(義務教育、高校、大学)

国家繁栄のためには、国民の資質がレベルアップしなければならない、それには教育しかない、リバタリアニズムとしては、義務教育の拡大とか学費無償化よりも、教育機会の公平化を計ることになる、具体的には、高等教育の資金を国が低利で個人に融資する、到達段階の明示と能力別教育という形となる。

生存権(生活保護、年金、健康保険)

リバタリアニズムなら、生活保護、年金は最小限に平等とする、例えば毎年の掛け捨て方式までが国家に許される範囲となる、積立年金はすべて民営化。

人格権(プライパシー、名誉、肖像権)

特許権
著作権

独占禁止法(独占企業をどのように規制するか)

独占企業だけの市場では競争がなくなり、品質の低下(例、原発の爆発)、価格の上昇(総括原価方式)、納期の遅延などを招くので、リバタリアニズム政府なら、独占企業の品質・価格・納期の監視をしなければならない。

リバタリアニズム政府なら、原発の補助金・交付金は廃止、核廃棄物処理も電力会社負担となるため、原発はすべて採算割れして廃業・停止に追い込まれる。また新規原発開発(もんじゅ、核融合)はすべて民間投資となりこれも採算割れで中止に追い込まれる。残った核廃棄物処理だけは、国家で行う(過去の官僚権威主義政治の尻拭い、環境汚染とテロ防止のため)。

産業振興策(補助金、参入規制、価格統制、在庫規制)

日本政府の産業振興策の多く(補助金バラマキ)は、公平性に欠けるためリバタリアニズムに反する政治。

労働政策(奴隷労働の禁止から、公平性と柔軟性の追求へ)

科学研究振興(どこまで道楽的な学問に国が資金をだすべきか公平性から検討が必要)

リバタリアニズムなら、大学は民営化することで巨大実験施設はすべて民営とするアメリカ方式になるため逆にノーベル賞が増える可能性がある。

芸術芸能振興(どこまで道楽に国が資金をだすべきか公平性から検討が必要)

スポーツ振興(どこまで道楽に国が資金をだすべきか公平性から検討が必要)

以下は昭和から平成にかけて部分的に民営化された

日本航空
日本国有鉄道
日本電信電話
日本郵便
高速道路

「公共事業は非効率的である」と誰もが認識。

リバタリアニズムの認識は、「政府は利益を目的にしていないから永久に効率的に公共事業できない、だから公共事業の削減ないし廃止、最低でも効率化(常時規模縮小、緊急時のみ一時的に増大)。民間にできるだけ事業をまかせるしかない。もちろん、民間や自由市場が万能とは言えない。」

権威主義、リベラルでは、もっと必要な分野に公共事業をしよう(常に拡大しかしない)となる、これまでの事業分野もそのまま温存される、非効率運営を改善する意志は元々ないので国民皆が貧乏になる。ただし、権力者の懐だけは潤う。

保守主義では、自分の既得権に関係する公共事業は増やして欲しい、自分が儲かれば他はどうなってもよいとなる。

以下は地域一社独占型の企業で国家がまだまだ介入している

農協
電力産業
ガス産業

以下は国家が大きく介入している

銀行
証券(銀行より自由化がかなり進んだ)

医療(病院、医院)

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国家が制限する個人の自由

逮捕、勾留、裁判の義務
結婚制度
家族と扶養の義務
義務教育
納税
徴兵・賦役(大戦時や大災害時のみ)

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民間でもできるサービス

通貨発行(最近、ビットコインなどが出てきた、ビットコインは物として扱われ円と交換時に消費税を支払う)
警備
示談調停サービス(争いを裁判まで持ち込まず解決する)
貯蓄型民間年金・投資型民間年金
自由診療
民間医療保険
自由教育
その他

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リバタリアニズム派を増やす方法

まずは、権威主義者による巧妙な戦略、リベラリズム派を煽り保守主義者を抱き込む戦略を紹介します。

リベラリズム派を増やす簡単な方法は、「お金持ちから沢山税金を取れ」という言い草とです。こうすることで人々の嫉妬心を煽ることができます。ところが、献金という賄賂を使える保守主義と政治権力を持つ権威主義は、自分たちだけの抜け道を用意できるので、見かけの累進税率の割には、実際には痛くも痒くもありません。リベラリズム派にとって累進税率は何のメリットもありません。嫉妬心を僅かになだめるだけですが、リベラリズムの非効率的政治では権力者以外の全員がさらに貧乏になりますから嫉妬心はますます燃え盛ります。実は、全員に行き渡る一括減税こそが一般の民衆のメリットなのです。一括減税はリバタリアニズムの主張そのものです。

また、「所得の少ない大衆にに多くの福祉を」という言い草も、リベラリズム派を増やす簡単な方法です。しかし、政府の福祉事業は、保守主義者と権威主義者によって必ず独占されます。公共事業は、競争がないので、自由競争より非効率で、固定的業者は既得権となり彼らは安定した高収入を確保できます。つまりリベラリズム派にとっての不公平(=不正の温床)を増やすだけです。要するに、リベラリズム派が目先の欲に囚われると、結果として公共事業を確保できる保守主義と権威主義を利するだけなのです。また、政府の福祉事業は、満遍なく公平に国民へ適用されるわけではありません。たとえば、年金は若者と彼らに養われている子供に大きな負担をかけて、老人だけが潤います。また、国民全員に金を配る福巨大祉事業では、個人にとってはスズメの涙程度に僅かなものであり、自分が支払った税金に見合うものではありません。社会的公平性をできるだけ確保するためには、公共福祉は生存できる最小限の範囲にすることで対象者を絞込み総予算を減らす必要が出てくるのです。リバタリアニズムの税を少くして国民の自由を確保するという方針と、最小限の公共福祉は相性が良いのです。プラスアルファの福祉を求める人は、多種多様な民間の保険、年金に加入すればよいのです。

リバタリアニズムが主張する一括減税、最小限の公共福祉が、最終的にはリベラリズム派を利するのですが、リベラリズム派が、それを理解するには、嫉妬と強欲の感情を捨てて、上記の文章を理解しないといけません。理解してもらうためには、広告・宣伝・教育により、国民にそのメリットを伝えることが求められます。

リバタリアニズムがリベラリズム派を味方につける最大にして最高の方法は、現金給付(目先の利益)です。リバタリアニズムの視点からは、現金給付は、国民全体に公平に行わないと、いけませんから薄く広くの配布となります。資本主義が、正常に発展するためには、通貨の流通量を毎年増やし、インフレ率で年率2%を維持することです。このインフレ率政策については、ほぽすべての経済学者が合意できることです。国内景気を確実に良くするには、通貨の流通量を毎年増やすぶんだけ、日本銀行から現金を国民一人一人に平等に直接配布すればよいだけです。その額およそ10万円程度と思われます。所詮、資本主義は、お金集めゲームにすぎません。ゲームに参加している全員に毎年平等に現金を配り自由に使わせればいいだけです。商売の上手い者がお金をたくさん集めます。それは、最終的に税となって政府に戻ってきます。政府は得た税から本当に政府しかできないことだけをやればいいのです。現金給付は、お金持ちで商売上手の保守主義者を大きく利することになります。

一括減税、最小限の公共福祉は、保守主義者をも利することになります。一括減税ならば、もちろん保守主義者の納税額が減ります。保守主義者は十分裕福なので公共福祉は元々不要です。税制を単純化することで、保守主義者は権威主義者の政治家や役人に賄賂と同じ効果を持つ献金をする必要が無くなります。

公共事業で潤っていた一部の保守主義者は、民間事業として再出発することになります。自由競争が始まるので、労働市場の規制緩和がなければ、公共事業業者は経営体質の改善に行き詰まります。

労働市場の規制緩和とは、公平性と柔軟性の追求です。同一労働同一賃金、勤務時間の自由化、定年の廃止と雇用期間明記、育児介護の長期休暇と休暇中賃金停止と生活保護の支給、5%程度の一定率の解雇の自由です。

最終的にリバタリアニズムと対立する者は、権威主義者です。日本の現状は官僚権威主義であると私は書きました。おそらく、はびこっている権威主義との闘いはとても困難です。権威主義者を政府から追い出すにはどうしたら良いのでしょうか。権威主義者の弱点は、自分は正しいという自尊心です。権威主義者は、正義の味方という言葉に弱いです。また、官僚権威主義者は、東大話法を駆使しており、自分が権威主義であるともリバタリアニズムであるとも明確に宣言していないずる賢さも弱点となり得ます。つまり、官僚権威主義者は、変わり身が速いと推測できます。

そこで、私は、五つの戦略を考えました。

に、リバタリアニズムは、通貨流通量拡大させ年率2%のインフレを達成するため国民全員に同一額の現金を毎年配る。

第ニに、リバタリアニズムの方が正義の味方であること(例えば、最大多数の最大幸福を実現できること)を訴えて権威主義者に暗黙の転向を促します

第三に、リバタリアニズムに転向した元権威主義者を仲間として認め、正義の味方としての活躍の場を与えその能力を活かす。

第四に、人数で圧倒的に多い一般の国民にリバタリアニズムから得られる利益を理解してもらい、リベラリズム派と保守主義者の支持も得る

第五に、最もリバタリアニズムに近い政府である同盟国のアメリカ合衆国の力を利用する


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日本の未来はどうなるか

いつか必ず、リバタリアニズムが公正な自由の実現を目標にしていることが広く知られ、正義を愛する人々の支持を取り付けていくと思います。