Sep 18, 2015

ソ連崩壊の道筋と中共のジレンマ、そして日本

ソ連崩壊の道筋

ソビエト連邦共産党が60年以上一党独裁したソビエト連邦が崩壊した理由を歴史に学ぶ。


  1. 自由主義の諸国と自由のない諸国が競い合った
  2. 自由主義諸国の国民はよく働いた
  3. より自由に、より裕福に、より便利に、より平等に、より幸福になったのは、自由主義諸国だった
  4. 自由のない諸国の国民は働かなかった
  5. 自由のない諸国は、より不自由に、より貧乏に、より不便に、より不平等に、より不幸になった
  6. 自由のない諸国は、対策としてペレストロイカ(政治改革)とグラスノスチ(情報公開)をした
  7. 自由のない諸国は、一党独裁制を維持できなくなり、民主化された


ソビエト連邦は、建国から崩壊まで69年である。
この間、最高指導者の交代は、八世代あった。

中共

中国共産党、略して中共が独裁している中華人民共和国は、建国は1949年、建国から66年経過する。
この間、最高指導者の交代は、華国鋒を含めて六世代あった。


中華人民共和国は、課題「自由のない諸国の国民は働かなかった」の対策として、経済の改革開放政策を取り入れた。中共の歴史の概観は以下


  1. 自由のない諸国の国民は働かなかった
  2. 自由のない諸国は、より不自由に、より貧乏に、より不便に、より不平等に、より不幸になった
  3. 自由のない諸国は、対策として、自由主義の市場経済を一部取り入れた
  4. 自由のない諸国は、より不自由に、権力者は大富豪に大衆も少し裕福に、便利と不便が混在し、より不平等に、より汚職と腐敗と隠蔽が蔓延し社会不安を増し、市場経済のバブル崩壊につながり、不幸になりつつある
  5. 自由のない諸国は、対策として、汚職摘発の政治改革、領土拡張・隣国敵視政策で国民の目を逸らしている

小国の戦略

小国は、世界一のアメリカ合衆国とうまく付き合っていかないと、国として自国民をアメリカ国民並みに幸福にできない。

アメリカ合衆国は、経済規模、資源の豊富さ、人口構成の若さ、科学力、技術力、軍事力すべでで世界一であり、思想的にも自由と平等と民主主義が他国よりも徹底がされている。しかも世界で通用できる通貨=ドルを発行できる。

日本も中華人民共和国もアメリカ合衆国から見れば小国だ。相対的に、アメリカ合衆国以外の国すべては小国だ。

小国が、自国民をアメリカ国民並みに幸福にしようと思うなら、より安全にするためにアメリカ合衆国と同盟を結ぶこと、最小限の防衛は自国でできること、資源がないなら自由貿易をすること、国民を教育して輸出品を生産すること、諸国から嫌われないように自由と平等と民主主義を徹底することしかない。実際に日本国は、ほぼこの戦略をとっている。

日本は、外国から見れば、国が官僚機構という中央集権機構で統治され、一つの巨大会社、日本株式会社のように動く。これを官僚権威主義と呼ぶ。実際ほとんどの歴代政権が官僚機構と密着した自由民主党政権であり、結果的に日本も一党独裁の性質を色濃く残している。日本は、戦後復興期から高度成長期まではこの方式で成功したが、1991年2月バブル崩壊以後は、停滞が続いている。

国という組織の新陳代謝という観点から考えると、官僚機構という中央集権機構のままでは、新陳代謝は難しい。国の寿命は、70年程度で人間の寿命と似ている。その制度では、一回だけ爆発的な成功が期待できるが、後は現状維持をする安定期・停滞期があり、さらに後では、衰退期へ向かうと感じる。

1868年の明治維新から1945年の太平洋戦争終結まで77年であり、一つの時代、大日本帝国憲法時代が終わっている。1945年の太平洋戦争終結から、2015年までで、70年、ここにきて、原発事故以後の隠ぺい体質の改善、自衛権の確立、TPPによるより完全な自由貿易への移行が行われつつあるし、国債の発行残高のGDPに占める比率が、終戦の1945年当時に迫ってきていることも気になる。やはり一つの時代が終わりつつあるのだ。私は、日本においても、国という体制の寿命は、やはり、70年とか80年と感じている。

中共のジレンマ

中央集権機構は、中国共産党が独裁する中華人民共和国も同様である。彼らも、建国から66年経過して、中国国内の不満や矛盾が充満していると聞く。中共はこのまま経済が悪化していけば、ソ連のように崩壊する可能性があるだろう。

今後、中国経済が回復していくことは、あるのだろうか。民主主義の現代の日本株式会社でも、ここのところ二十年以上停滞している。いったい、一党独裁制で一度落ち込んだ経済が回復した例は、歴史上にあるのだろうか。私は、中共は、一党独裁制を維持する限り、現状を維持していくことが精いっぱいであると予測する。

中共が経済的にさらに発展するための歴史的に確実な方法は、民主化と情報公開を進めることである。しかし、民主化と情報公開を進めると、かつてのソ連と同様に、中国共産党の独裁は崩壊し、中国共産党は消滅するに違いない。だから中国共産党には、民主化も情報公開もできないというジレンマがある。

そして日本

日本としては、万が一中共が崩壊するときに、難民が日本に来ないように備えなければならない。

日本では、2015年に、2020年東京オリンピックのスタジアム建設の予算の異常超過による仕切り直し事件とエンブレムの盗作疑惑騒動、さらに、原発世界大手の東芝のほぼ粉飾かという不正会計事件で、相変わらず、政治家と行政関係者と公共事業受注企業には、天下り、密室談合とパクリの体質が蔓延していることが暴露されてしまい、中共を批判できないぐらいにまで国民は深くプライドを傷つけられてしまった。

これらの事件では、責任者不在のまま誰も処分されなかったが、とりあえず仕切り直しにはなった。権力交代ができない官僚機構に任せる危険とは、無責任体質がはびこること、自浄作用が期待できないことだ。民主的で平和的な権力交代ができない制度に任せると、大事故・クラッシュ・破局(=明治維新・原爆投下)まで行ってしまった。今の日本が、破局となるか平和に再スタートを切れるかどちらがいいかといえば、だれでも平和な再スタートだ。日本人の未来はどうなるのだろう。

日本の課題も中共と類似している。密室談合体質である日本的官僚機構という中央集権機構を維持したまま、あるいはそれを巨大化していくだけでは、産業は停滞したままとなり、国家の負債=赤字国債が増え続け、増税され続けるであろう。この破局の限界点は誰にも分らない、地震や津波のように想定外として突然来たことにされるだろう。

今の日本では、官僚機構にぶら下がらない限り上流生活はなかなかできない。官僚機構にぶら下がり上流を楽しめる国民は、全体の一割ないし二割程度までである。もっとも、上流とはそもそも上位一割ないし二割までである。大多数の八割の国民は、官僚機構から搾り取られる側であり中流ないし下流である。

官僚機構を小さくすれば、政府が小さくなり費用がかからないから減税できる。減税できれば、国民の経済的自由が拡大される。減税により中流ないし下流も含めて全国民は自由に使えるお金が増えるので経済は活性化する。

政府が小さくなるとは、以下のことだ。政府からの産業への補助金を廃止する、許認可の規制を削減する、公立学校の何割かを民営化する、国の研究機関の何割かを民営化する、電子化と合理化により事務職公務員の何割かを解雇する、民営による年金と医療保険を普及させて、年金と医療保険の国の負担を軽くするということだ。

政府が小さくなれば、赤字国債を発行しなくても済むようになり、過去に積み上げた国債を償還することもいずれ可能になるだろう。

政府が小さくなると、国民は減税される分だけ自由にお金を使える。賢い者は、増えたお金の半分を投資してさらに財産を築くだろう。愚かな者は、増えたお金を使い切りその日暮らしを続けるだろう。

資金のある者は、よい教育を受けたり、高度な医療を受けることができる。資金のない者は、よい教育を受けることができないし、高度な医療も受けることができない。

ところで、現代は、資金のない者でも、知識をインターネットで簡単に手に入れられる時代だ。スマートホン一つあれば、勉強はできる。学校にいった行かないではなく、勉強したかどうかが問題だ。学校で受けるよい教育とは、結局は見張りであり強制でありマンツーマンのコーチである、当然高額だ。資金のない者は、勉強するぞという自分の強い意志を維持するしかない。

ところで、学力をインターネットで無料で計測できるようにしてしまえば、民間会社は採用の学力試験をその場で受けてもらえることができる。学歴ではなく、そのときの学力=実力が物を言う時代に変わるのだ。コンピューターの仕組みで、学力試験は、そのときその人でたくさんの問題からランダムに選択されて出されるので、漏えいということ自体がありえなくなる、本当に実力がないと良い点は取れなくなるのだ。

資金のない者は、高度な医療を受けることができないが、標準的な医療は、国家の健康保険で受けることができなければ、文明国とは言えない。多くの伝染病が克服された現代で、人が病気になる原因は、運不運もあるが、生活習慣によるところが多いだろう。病気になるかならないかは、大多数の人にとっては、自己責任としなければ小さな政府は実現できない。小さな政府の社会では、自分の体と相談して、高度な医療を受けたいとなれば、民間の医療保険に加入すればいいとされる。ただし、生まれつきの障害者に対する配慮、障害年金はやはり国で用意するしかない。

政府を小さくすることには、旧守勢力=大きな政府派から大きな抵抗を受けるだろう。歴史的に、つい最近の小泉改革も小さな政府を目指したが、その後の政権では小さな政府を継続されることはなかった。

旧守勢力は、わずかばかりの補助金を、中流と下流の人々に配ることを約束して、投票してもらうようにするはずだ。例えば、消費税の還付金とか、軽減税率とかである。税の仕組みや補助金の仕組みを複雑にすることで、役人の仕事が増えるばかりで政府はどんどん大きくなるので、大きな政府派はうれしい。政治家はそれを手柄にしたがる。しかし、それだけ手間が増えて税金や赤字国債=借金が必要となるということで、中流と下流の人々は収入が実は減るのである。しかし、中流と下流の人々は減税より目先の補助金という餌に群がってしまうのだ。

小さな政府派は、中流と下流の人々にどんなメリットがあるのか具体的に金額で訴えるようにしないといけない。第一に、それは減税であり、減税額を明確にすることだ。