Sep 29, 2025

名前の漢字のあれこれ

氏名

日本において、氏名(しめい)は、人名を構成する二つの要素、氏と名である。

現在、一般に「姓」や「名字(苗字)」と呼ばれているものの法律上(戸籍法)における表現が「氏」である(ただし、歴史的にはそれぞれ意味を異にしている)。

明治民法第746条では、「戸主及ヒ家族ハ其家ノ氏ヲ称ス」と規定されていたため、「氏」は家族集団である「家」の名称を示すもので、(男系または女系の)血族を示すものではない。そのため家族である夫婦は同じ「氏」を名乗る。婚姻によって夫婦の「氏」は同じになる(同氏)。男の「氏」ばかり名乗れば男系社会となる。現実の日本では、男性の「氏」を名乗る率が94%である。

戦後の親族関係の法改正時においても、「氏」については日本における明治以来の習俗と国民感情を考慮して存続(民法750条 夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する)されることとなった。

他方、中国・朝鮮半島の「姓」は男系の血統を表していて、女系の血統は無視さる、「姓」は出生によって父親の「姓」を与えられるもので婚姻によっても変更されない。

なお、日本の戸籍実務上、日本人が外国人(中国人・朝鮮半島人)と結婚する場合には夫婦同氏の原則の適用はない。

日本国内の親中派親韓派が狙う「夫婦別姓」は、「夫婦別氏」でないことにからも、「氏」(=家族=夫婦と子供)と「姓」(=男系血統)の混乱をわざと引き起こし、男女同権をに後退させる、男系優位の文化侵略と自分は考えている。

日本の法的な人名において、第三の要素、たとえば米国のミドルネームは存在しない。ミドルネームを婚姻時に付けられるようにすることも、外国文化を受け入れることを目的とするなら必要となるはずだ。

名前の文化は国ごとに異なり、他国の文化を法律で受け入れるかどうかは慎重にならざるを得ない。

参考 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%8F%E5%90%8D

音 シ 訓 うじ 

①うじ。みょう字。姓。同じ血族の集団。「氏族」「氏名」 ②人を表す語。おもに男性を指す。「諸氏」「某氏」 ③姓名の下に添える敬称。成り立ち : 象形。食物を切り取るナイフの形にかたどる。借りて、「うじ」の意に用いる。

音 メイ・メョウ 訓 な

①なまえ。よびな。「名称」「姓名」 ②なづける。よぶ。「名状」「命名」 ③なだかい。すぐれている。ほまれ。「名声」「名誉」 ④人数を数える語。「両名」成り立ち : 会意。口と、夕(ゆうぐれ)とから成り、夕方の暗やみで、人に自分の名をなのることにより、「な」の意を表す。

音 セイ・ショウ 訓 かばね 

意味 ①かばね。血統や家系を示す名称。「姓系」「百姓」 ②みょう字。氏族や家の固有の名。「姓名」。成り立ち : 会意形声。女と、生(セイ)(うまれる)とから成り、生まれた血筋、「かばね」の意を表す。

参考 (古代中国の姓の歴史)

この文字ができたはるか太古の中国には、血筋は女性の系統で考えられていた(5,000〜6,000年前の母系社会)ことになる、しかし、父系社会が確立された春秋時代(紀元前771年〜紀元前476年)以降、秦(紀元前221年〜紀元前206年)の統一を経て、男性系統の「姓」となった。つまり女系は無視されている。

(例) 后稷(こうしょく)は、伝説上の周王朝の姫姓の祖先。中国の農業の神として信仰されている。姓 は姫、諱 (いみな = 皇帝など身分の高い人の本名) は 棄、号 (よびな ) は稷 (しょく)。不窋(ふちゅつ)の父。

周代(紀元前1046年〜紀元前256年)以前の封建社会では、姓と氏という二つの概念がありました。姓: 王族や貴族の血縁集団を示す大本となる氏族名。氏: 封地や官職などに基づいて派生した氏族内の分家名。この時代には、姓よりも氏が重要視され、貴族は姓と氏の両方を持っていました。

春秋戦国時代(紀元前771年〜紀元前221年)に封建制度が崩壊すると、姓と氏の区別が次第にあいまいになっていきました。

秦の始皇帝が中国を統一(紀元前221年)し、中央集権体制を確立する過程で、戸籍管理などの行政上の目的から、すべての人民が姓を持つことが定められました。(つまり「氏」が消えた)

漢代(紀元前202年〜紀元220年)の後期には、すべての漢民族の庶民が姓を持つようになり、現代の「姓」の概念が完成しました。 

中国の父系社会では、女性の「姓」は父から受け継ぐもので婚姻で「姓」を変更することはないことになる。

儒教思想では「同姓不娶・異姓不養の原則」があり姓が血族集団の名称

音 キ 訓 い・いみな

意味 ①いむ。いみきらう。避ける。はばかる。「諱忌」「諱言」 ②いみな。皇帝など身分の高い人の本名を指し、それを直接口にしたり書いたりすることを避けて「避諱(ひき)」と言いました。

[参考]

死後の実名:古代中国では、人の生存中の本名を「名」といい、死後の本名を「諱」と言いました。

貴人の実名:貴人の本名(諱)は、むやみに口にすべきではないとされていました。

戒名:仏教用語としての「戒名」も「諱」と呼ばれることがあります。

音 シ 訓 おくりな

意味 おくりな。よびな。死後、生前の行いに対してつける名。「諡号」

音 ゴウ 訓 さけ・よびな

意味 ①さけぶ。大声を出す。「号令」「号泣」 ②あいず。しるし。「号音」「記号」 ③な。よびな。なまえ。「雅号」「称号」 ④数字に添えて順序や等級を表す語。「一号」「五月号」 ⑤乗り物やウマ・イヌなどの名に添える語。「ひかり号」

成り立ち: 号は、会意で、口と、丂(こう)(口から息の出るさま)とから成り、いたみ悲しむ声の意を表す。號は、会意形声で、号(カウ)に、さらに意符虎(こ)(とら)を加えて、とらのように大声でさけぶ意を表す。のち、號と号とが混用され、かえって号が號の略字と考えられている。教育用漢字はこれによる。


戸籍

戸籍(こせき)とは、戸(こ/へ)と呼ばれる家族という集団単位で国民を登録する目的で作成される公文書である。

江戸時代 人別帳や宗門改帳や過去帳が、人民の登録簿

1872年(明治5年)(明治5年式戸籍)日本で初めての本格的な戸籍制度(壬申戸籍)が開始

1886年(明治19年)(明治19年式戸籍)住所が屋敷番から地番に変更。除籍制度が設けられた。

1898年(明治31年)(明治31年式戸籍)戸籍簿とは別に身分登記簿を設けた。

1915年(大正4年)(大正4年式戸籍)身分登記簿が煩雑であったため廃止

1948年(昭和23年)(昭和23年式戸籍)夫婦を基本単位とする戸籍に変更、「戸主」を廃止して「筆頭者」、身分事項の記載は廃止。作業完了は 1965年(昭和40年)頃

1952年(昭和27年)住民登録法施行により、住民票の作成が開始

1967年(昭和42年)住民基本台帳法の施行により戸籍とリンクした住民登録制度が開始

1970年(昭和45年)4月 壬申戸籍を封印(後廃棄年度経過)。

2020年 (令和2年)全ての戸籍の電算化が完了

2025年 (令和7年)戸籍への読み仮名の登録が開始

参考 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%B8%E7%B1%8D

宗門人別改帳(しゅうもんにんべつあらためちょう)は、江戸時代の中期に宗門人別改で宗門改帳と人別改帳が統合された民衆調査のための台帳。現在で言う戸籍原簿や租税台帳である。宗旨人別改帳とも呼ばれる。名義変更が遅れないかぎり、宗門人別改帳の筆頭者は検地帳の土地所有者と記述が一致する。参考  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%97%E9%96%80%E4%BA%BA%E5%88%A5%E6%94%B9%E5%B8%B3

過去帳(かこちょうは、死者の戒名(法号・法名)・俗名・歿年月日・享年などを記載した帳簿である。日本の仏具の一つ。鬼籍(きせき)や点鬼簿(てんきぼ)と呼ばれることもある。 参考 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%8E%E5%8E%BB%E5%B8%B3

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