Jan 12, 2016

​ 公正なる自由の拡大を


私達は、平凡なる常識に従い、政府に公正なる自由の拡大を求め続ける。

私達は、公正なる自由の下で、互いを信頼して自立したいのだ。

公正なる自由とは、個人の政治的自由と経済的自由の両立を意味する。

公正なる自由の具体的政策とは、受益者負担の原則の徹底、平等な税率で課税し、財政は均衡し、余剰金は翌年の減税で国民へ返還し、不足金は翌年の増税で徴収し、公正なる自由市場を守護し、国権の最高機関たる国会の自由のため官僚の手による法案を嫌い、官業を拡大せず、審判役の政府は社会と市場の違反者を取締り、取り締まり経費はすべて違反者に請求し、貧困なる国民の家庭には最小限の資金を施し、国民の自立のために教育を支援し、災害と疫病に備え、独立国の尊厳を保つため国防を怠らず、相互主義の対等な関係の平和外交を行い、決して外国を侵略しない政府である。

政治的自由とは、思想・宗教・言論・学問・出版・結社・集会・居住地・移動・結婚・妊娠・職業選択の自由、並びに、通信・家屋内・武器を除く所持品の秘密の維持、令状なき逮捕・監禁・拷問・家宅捜査の禁止などである。

経済的自由とは、私有財産の承認と自由市場による利益追求の自由であり、解雇の自由、同一労働同一賃金の原則、経済的自由を制限する税については、税の用途により受益者負担の原則を徹底し、より少ない税科目と平等な税率を維持することである。

以下、経済的自由をさらに説明する。

税(年金・保険含む)により経済的自由を制限できる場合とは、税率が財産あるいは収入に対して平等であるとき、税の用途が多数決の原理に従い過半数の国民に恩恵を与える場合だけである。

ある商品の生産者と消費者の人数を比べれば、消費者が常に多数派であるから、公正なる自由の下では、常に消費者のための政策が優先されるべきである。

少数派の生産者である企業からの献金を認めるならば、仮に企業献金を認めなければ賄賂として地下に潜るから認めざるをえないのだが、消費者からの一口は少額だが合計すれば企業献金を上回る巨額になる献金を集めて、消費者のための政策を優先する事を、公正なる自由を標榜する政党は、実施しなければならないだろう。

国は相続税という税金に対して如何なる直接的恩恵を与える事ができるのか、何の恩恵も与える事はできない。相続する財産はすでに納税して築き上げた財産でありそれに課税することは二重課税であるから不公正である。そもそも相続財産は家族の収入ではなく収入と生存の基盤である。経営者の株式保有は経営権そのものであり、これに相続税を課すことは、経営を他の者に任せるということとなり自由市場を激しく阻害する。相続税とは私有の生産設備の国有化と言える、国有化は時代遅れの共産主義や全体主義の思想の産物である。公正なる自由の下では、私有財産の保護の原則の下で、相続税は廃止されるべきである。相続税廃止により、家族は慣れ親しんだ住居家屋を手放さずに済み、企業経営者と投資家は、事業継続に支障がなくなり、政府は自由市場での私的事業の継続性を歪める全体主義の罪悪から逃れ、外国と比べて経済競争力のある自由国家となる事ができる。

ただし、相続税廃止の代償として、個人の経済的自由は、配偶者と直系の子孫・親の範囲で経済的に自立できない家族を扶養する義務によって制限されるべきである。この義務により、国家の生活保護や年金の支払いを無理なく制限することができる。

公正なる自由の下では、累進税率という私有財産への不平等な干渉は廃止され、収入・財産に平等に適用される一律の税率であるべきである。累進税率の根拠となる所得の再配分という思想は、社会主義・共産主義・全体主義の思想であり、所得を再配分したところで貧困なる者は貧困のままでありかえって社会全体が貧しくなることは歴史が示す通りである。ただし、公正なる自由の下では、貧困なる国民の家庭には最小限の資金を生活保護として施すことは行う。累進税率を廃すれば、外国と比べて経済競争力のある自由国家となる事ができる。

公正なる自由の下では、公平な受益者負担の原則が徹底されていることが判る目的税(水道料金、道路料金としての自動車税やガソリン税、国土防衛治安維持の不動産税)、目的をはっきりさせた基礎的年金(生活保護、老齢年金、育児手当、障害年金)・基礎的健康保険(80歳という世界一長生きできる現行の医療までとする)・失業保険は実施できる。

公正なる自由の下では、蓄財、利殖はリスクが伴うので個人が自己責任で自由に行うべきものであると考え、リスクの責任を負わない政府・官僚による蓄財、利殖を一切認めない。国家の予算は、税・年金・保険すべてを明朗な単年度会計によって管理されなければならない。老齢年金の生活保護相当分を超える範囲は、民間の積み立て年金保険事業としなければならない。

公正なる自由の下では、業種によって所得税の捕捉率が異なるという徴税技術と徴税費用の現実的問題に対処するために消費税の徴収を承認する。消費税がある以上、贅沢品だからとか嗜好品だからと言う理由による物品税・サービス税・入場税は、全て廃止しなければならない。個別の物品税は、納める税金で納税者はなんら恩恵を受けないという受益者負担の原則にも反するので、不公正である。生産設備への固定資産税も、納税者はなんら恩恵を受けないという受益者負担の原則にも反するので、廃止しなければならない。ただし、例えば、自動車関連の税金とガソリン税は、走行距離に比例してさらに車体重量の三乗に比例して舗装を痛めつけるから、道路の利用料金として徴収を正当化される。

公正なる自由市場において、政府は、国民の商品の価格・数量・納期の決定の自由に関与してはならない。政府は、商品の品質等級を定めて、誘導・監視する事はできる。ただし、市場の独占者(官業も含む)に対してだけ政府は、過半数の国民である消費者に恩恵を与えるように品質・価格・数量・納期を命令できる。

公正なる自由市場の過熱と過冷を政府が制御しようとする事は、極めて困難であり、たいがいの政策が不公正でいびつになる事は歴史が示す通りである。

例えば、景気浮揚と称してして政府の官業からの出費を実需以上に行うこと、つまり公共事業の拡大は、官業に連なる特定の国民のみの優遇であるから不公正である。これはそもそも必要のない無駄遣いであり、政策実施には平等なる自由への制限である増税・赤字国債発行が必要となる。ひとたび実施すれば官業の拡大となり赤字国債の縮小は困難である。既に社会基盤の充実した日本では、実需の見込めない公共事業の拡大は、国民全体への経済刺激効果は少なく景気回復も遅い。

例えば、行き詰った企業や不正会計の企業を公費や特別融資で救済温存する事は、たとえ関連産業の救済と弁明しても所詮一部国民のみへの優遇となり不公正である。倒産に瀕した企業は、解体売却され不要人員も整理解雇されるが常道である。

例えば、政府が、経済の刺激策を一方で取るならば、冷却策もまた取らなければ筋が通らないが、冷却策は、生産者と消費者の誰からも必要とされずなお実施が困難である。減税と増税を組み合わせて国民経済を刺激する事は、机上では可能だが、増税は自由を制限する事であるから自由主義の原則に反するし、増税した余剰金は、不景気時に減税で返還すべきものだが、官僚に金を持たせてると別の無駄遣いをし始め返還された事は一度たりともない事は、歴史の示すところである。

結論として、公正な自由市場に、行政が公正に関与できることは、商品の品質等級を公示して良き物へと誘導・監視することだけである。

日銀が、公正に実施できる金融市場管理の古典的手法は、貸出金利の調整だけである。

例えば、日銀による株式購入は、特定の投資家への現金供与の優遇であるから不公正であるだけでなく国民経済の刺激策としては効果の発現が何時になるか判然としない。

日銀から国民全員への一律額の贈与が、社会的に公正であり、一定のインフレ率を維持するという市場刺激策としても通貨流通量の拡大策としても相応しい上に即効性を期待できる。

共産主義や社会主義の教義である資本家と労働者の階級闘争の思想は、暴力主義であり、とうの昔に時代遅れとなった、現代は暴力を廃し、金銭による契約と相互信頼を社会の基礎とする時代である。

公正な自由を信条とする国民は、政府の限界を認識し、政府にたかりすがりついてはいけない。

国民には、自ら裕福となり自立する自由がある。発展の見込める市場を見極め、そこで勤勉に働き、あるいは株式投資する自由がある。

市民が気軽に投資できるように、株式は、一株から購入できるべきであり、上場株式会社は、株式分割により誰もが購入しやすい株式価格を提供する事が好ましい。

解雇の自由とは、雇用契約期間の合意の明確化、一定割合、年間5%程度を、契約途中解雇できること、解雇時の手順と解雇費用の法定化、解雇されても再度応募する権利の確保である。

同一労働同一賃金の原則とは、同一企業で同一地域で同一内容の労働であれば同一賃金を支払うという原則である。

Jan 5, 2016

昔の女性は8人子供を産んだ

昔の結婚した日本女性は、8人子供を産んだのではないか、という仮説。

昔というのは、江戸時代までの昔である。

江戸時代まで日本の人口は、安定してほぼ一定、100年間隔で見れば少しずつ増加していた。
江戸時代末期で、日本の総人口は、約3200万人と言われる。

前提として、

  1. 医療レベルが低く、子供が成人(当時は15歳)までに半数が死ぬ。
  2. 成人後も結婚して子育てをできる確率は50%である。
  3. 結婚していない女性は出産することが許されなかった。

を置く。

第一前提から、8人の子供のうち、半数は15歳までに死亡する。
第二前提から、残り4人のうち、結婚できたのは、半数の二人。この二人は、男性一名、女性一名である。
第三前提から、8人の兄弟姉妹で、男性一名、女性一名だけが結婚して子供を産める。

そういえば、自分の親戚の様子を見ると、大正から昭和初期生まれの人は、8人兄弟とかが普通だったようだ。

女性が、16歳から二年に一度8人を出産すると、32歳になる。この年齢以後の出産は生物学的に厳しさが増す。当時の平均年齢は、35歳とか言われているが、子供の死亡率が高いことが原因の一つでこれを考慮すると、無事成人できた人は、平均で50歳ぐらいまで生き延びたのだろう。8人の子供を産み終えるのが36歳、子供たちを育て終えるのが50歳となりそこで命は尽きる。

いろいろな資料その他によれば、江戸時代初期は結婚できる確率は都市も農村も同じように50%だったが、江戸時代中期から農村のみ結婚率は100%近くになったという、新田開発がありその分の人口は増えた記録はあるが、医療衛生環境が改善されて人口爆発が起きたという記録は無い。政治が安定し平和になり、遊郭などの遊興施設のない農村は道徳が普及した以上結婚率を上げるしか男の性欲を制御する術がないこと、気候低温化による東北日本での不作からの飢饉や過剰な年貢による圧政で子供だけでなく大人も含めた生存率が低くなり結婚率を向上させざるを得ないことが推測できる。

古来、70歳を古希(古来より稀である)と呼んだ理由がよくわかる。

明治時代になり、食料の増産、優れた医療、全員が結婚という習慣が普及して、8人の子供の大半が次世代の子供を設けてしまい、日本の人口爆発が起きた。

宇宙から地球という培養容器を眺めれば、日本の少子高齢化は、日本に住む人間という生物種が自然の摂理に従って無意識に選択した行動にしか思えない。

私の考え方は、

  • 結婚は歴史的にも義務ではない
  • 現代は夫婦の子供は二人で社会を維持できる
  • 避妊を悪としない寛容さ
  • 親は子供を育てる義務がある
  • 人口密度と食料自給率から見て日本は人口が多すぎる

である。

貧困問題についてよく考える

世間的には、社会主義や共産主義という全体主義思想の色濃い左翼系の新聞として知られる北海道新聞の2016年01月05日の社説が「貧困問題と向き合え」と誰かに命じているので、命じられた者として自分なりに考えてみた。

記事には疑問点が多いと感じる、自分なりの疑問と提案を以下に書く。

記事はまず最初に、極端に悲惨な貧困例として東京の裁判の件を持ち出して、読者の関心をひこうとしている。だが、函館での逮捕の例は本当に貧困なのだろうか犯罪の例に過ぎないかもしれない。

記事では「世界第3位の経済大国ながら貧困率は16・1%」と言うが、国の経済規模の大きさと貧困率は直接関係がないだろう。

記事では「持つ者」と「持たざる者」の差はますます広がっている」と言うが、それを言うなら、より正確に「裕福になる努力をする者はますます裕福になるが、裕福になる努力をしない者はそのままである」と言うべきであると私は考える。

記事は、終身雇用や年功序列を賛美しているが、私は反対だ。終身雇用や年功序列は、老人が少なく若者が多いピラミッド型の人口構成で外国人の出入りが制限されている発展途上国、50年前の終戦後の日本、でうまくいくシステムであるが、人口構成の形が釣り鐘型の先進国やや逆三角形型の現代日本では弊害が多すぎる。企業から見て終身雇用や年功序列の弊害は、高齢者が多く総賃金が多すぎて市場競争に負けるから海外に工場を移転したい。高い賃金の高齢者は雇いたくない。優秀な若者でも低賃金でしか雇えなので応募してもらえない。労働者から見て終身雇用や年功序列の弊害は、自分には実力も実績もあるのに、働かない同僚と同じ賃金では懸命に働く気がしない。転職しようにも中途採用はどこもしていない。長時間・長期間一つの企業での画一的労働に縛られ保育園の迎えにも行けない。現代日本社会の観点で見て終身雇用や年功序列の弊害とは、身分・職業の固定化、賃金の固定化であり若者の貧困の元凶でもある。

公正な自由競争の原則で考えれば、(1)同一労働同一賃金の原則、(2)企業側には、人数に対する一定割合での解雇権、(3)労働時間の自由化と競合しない副業の許可などが、企業と労働者双方が合意できることだと思うし、このように労働契約にしないと明朗な公正さを求める海外の人々と一緒に働くこともできないだろう。

記事の格差の克服に社会全体で取り組まなくてはならない。」という説は、全体主義の匂いがする。貧困から脱したいなら、個人はそれなりの努力をしないといけない。社会全体で取り組むことを主張されるなら、例えば、北海道新聞もまた、特権である消費税減免2%分を慈善事業に寄付していただきたいものだ。

記事では「バブル崩壊後、長引く不況」と書いているが、バブル崩壊後から景気回復の波は何度も来ていることは株価の変動を見れば明らかである。それとも、北海道新聞はバブルの再来、土地ころがしなど、を願っているのだろうか、もちろんそんなはずはない。北海道新聞には、思考停止でいつもの決まり文句を書く手法をもうやめてもらいたいものだ。

「コスト削減のため非正規雇用者を増やしている」は、市場競争をする企業なら当然の行為である。品質を維持してコスト削減、コストを維持して品質を向上などは、それぞれの企業の方針であり、部外者が口を挟むことではない。労働者なら、実力向上で、短時間労働とするか、長時間働いてもっと稼ぎを多くするかだけである。

記事では「富裕層に有利な税制にシフト」とあるが、どこにそんな事実があるのだろうか、株の売却益の課税は、10%から20%に倍増して財産課税を増やしたり、相続税を増税したり、脱税防止マイナンバーを導入して捕捉率を上げたりしている。消費税は、だれにも平等に賦課される税であるから富裕層に有利ではないのだ。元々低所得者の所得税の税率が極端に低いため所得税の実効税率が低すぎること、農業などの自営業者の所得税の捕捉率が悪く、国家財政赤字の大きな原因であることが問題なのだ。

記事では安倍晋三政権は「富める者が富めば、富は下に滴り落ちる」というトリクルダウンの論理を説いてきた。」と言うが、ロイターの記事では「安倍晋三首相は2015年1月28日午後の参議院本会議で、安倍政権として目指すのはトリクルダウンではなく、経済の好循環の実現であり、地方経済の底上げだと述べた。」とされている。北海道新聞は完全に間違っているのではないか。

記事では「親の貧困が子供の進学などを制約し、子供まで貧困に陥る」とあるが、これは頷ける。しかし、これは当たり前のことである。その子を育てる義務がある者は、その子を生んだ親であるから、貧困な親は、子を裕福な環境で育てられるはずがない事は道理である。どんな親でも、我が子の幸せを願うなら、軽はずみに子供を産んではいけないのだ。現代日本では、大人は十分な財産と教育環境を整備してから子を妊娠することが望ましい。貧困な人が立派に子を育てたよい親になろうとするなら、裕福な人がお金で解決する部分を、時間と努力で解決しないといけない。小学校、中学校の勉強の復習は、親自身が面倒を見るほうがいいと思う。

記事では社会を分断しかねない」とあるが、現代の日本社会はすでに分断されて多様性に溢れている。日本では、全体が一体になった全体主義の時代は、1945年に終わっているのだ。

記事では企業が果たしてきた社会保障の役割」とあるが、私は(経済的にも政治権力的にも)自由主義者なので、企業に社会保障の役割を義務つける必要は無いと考える。企業の社員への福祉が企業の市場競争にとって有利であれば採用すればいいだけである。

記事では企業には雇用安定への努力」とあるが、現在の日本企業の古い労働契約では従業員を解雇することができない、これが、社員を雇わないで人材派遣や業務委託に頼る第一の理由である。すでに上で書いた三つの労働改革案を見てもらいたい。

記事では国や市町村も財政支出を厭うべきではない」とあるが、この財政赤字の状況でなぜできもしないことを言うのだろうか。北海道新聞なら、財政破綻した夕張市のことを知らないはずがあるまいにと思うが。

私は、国や市町村の貧困に対する福祉、例えば生活保護、は十分すぎると思う。財政赤字なら福祉全般を削減するべきとも思うのだ。

記事は貧困問題を企業と国と市町村が解決する事としているようであるが、私は、第一に貧困問題と向き合うべき人は、貧困である自分自身であると思う。貧困から脱出するには正しい知恵を働かせ努力し続けることしかない。

Jan 4, 2016

The Passed Energy of Compton scattering


The link is  my document, The Passed Energy of Compton scattering

Introduction of the document is

I am creating a simulation program for “How to generate neutrons, deuteriums and energy.

”.
In the reaction of the beta decay released energy is 0.78 [MeV]. And the reaction of neutrons and nuclei, almost all gamma rays is released with an energy in the range of 0.5 [MeV]. to 20.0 [MeV]. What kind of the reaction will happen between the gamma and the electrons or protons or other atomic nuclei. It is known as the Compton scattering.

I studied again Compton scattering and estimate the energy of the electron or the proton.

<<<Japanese>>>

中性子、重水素、そしてエネルギーの生成方法について、シミュレーションプログラムを作成中です。

発生したエネルギーであるガンマ線(おおよそ0.5 [MeV] - 20[MeV]の範囲)が、電子や陽子、中性子、あるいは原子核とどのように反応するのかを調査していると、コンプトン散乱に行きつきます。

コンプトン散乱で、ガンマ線光子が衝突した電子や陽子、中性子、原子核にはどのていどのエネルギーが渡されるのかを詳しく計算してみました。

この数式をシミュレーションプログラムに組み込んでいく予定です。


Jan 3, 2016

封建時代の儒教で現代も使える部分はどこか

今から2500年前の古代中国の偉人、孔子(紀元前552年-479年)がとりまとめたとされる儒教は、当時の遅れた時代の中では先進的思想と思われますが、そのまま現代に通用させることは難しい教えが多数あります。

小話 : 孔子の「子」は先生という意味だそうです、ですから、孔子先生と書く必要はないと気が付きます。

儒教の教えは仏教伝来より古い時代に日本に伝えられたとも言われています。

現在の日本で知られている儒教の教えは、日本人の好みに合った形に変形されており、本家の中国や周辺国の韓国での儒教とは異質であるとの説もあります。

現代の中国、中華人民共和国は共産党独裁の国ですが、鄧小平以後支配原理として儒教が取り込まれています。共産主義と儒教は、どっちも全体主義の一派として分類されるということを意味します。

儒教は、人間の序列、上下関係を絶対視して固定化する思想とされます。教義では、上司や親に無条件で従うように解釈されおります。間抜けな上司・王に忠告する孔子の話はいくらでも出てくるので、孔子ほどの偉人がそのような不甲斐ない上司や親に従うような間抜けなことを言うはずかないと思いますが、、、。

推測ですが、封建制度、身分制度、官僚制度を正当化する支配者達が、孔子の説の都合のよいところだけを取り出して来たことが、儒教の真相ではないかと思います。どんな思想でも、全体を俯瞰すると矛盾点が浮かび上がるものです。

孔子の考えは単純な理想主義とされ、超人的な徳を持った絶対的な君主が、人民のすべてを正しく決めるので、下々はそれに従えばよいという発想です。現実にそんなことをやろうとしても、手間と時間ががかかってなにも決められなくなるだけですから、誰も孔子の理想実現をできるはずもありません。

単純な理想主義の下では、悪人が隠れて悪事をすることを制止することがまったくできません。仁徳をどれだけ説いても面従腹背の悪人には一切効き目がないのです。

そのため、組織や身内の悪事の隠ぺいを行うことが正当化され嘘を平気でついてしまうことになります。法律を無視してその場その場の役人の好き嫌いで秘密裡に物事が決められていきますから、賄賂社会となります。

また中国史が示すところでは、儒教が支配する王朝政権では、侵略戦争を仕掛けていたとのこと、儒教では、支配者が暴力好きになってしまう傾向があるということです。

復讐、仇討ちの怨念が未来永劫消えずに子孫に受け継がれるという不寛容の教えも儒教の特徴です。

儒教が染みついた中国、韓国、北朝鮮と付き合うときは、日本人と考え方が違うことを思い出してください。

孟子の考えも儒教の一派です、よくよく吟味して取り入れないといけません。

私たちは、議論の中で年功序列的な発言、身分や職業で区別する意見が出てきたら一度立ち止まって考えなおす必要があるということです。

封建時代の儒教で現代も使える部分はどこかについては、「孟子を復習する」を見てください。

参考

儒教の問題点
儒教の国は何故嘘を言う
儒教の問題点
儒教と保身
儒教の問題点とは何か
儒教社会主義をめざす中国
現代中国をつくった男 「鄧小平」とは何者だったのか?
孟子を復習する